アイオワ州デモインを本拠地としたピンキー・ジョージは、1940年代前半からNWA(ナショナル・レスリング・アライアンス)の名称でプロモートし、1948年7月に中西部他地区の5人と共にプロモーター同士の連盟としてのNWAを発足、初代会長に就任した。
NWA本部が直接認定していた選手権は、世界ヘビー級、ジュニアヘビー級、ライトヘビー級のみ。このうちジュニアヘビー級はオクラホマのレロイ・マクガーク、ライトヘビー級はメキシコのEMLLが管理していた。その他の選手権は、各会員がそれぞれの地区で、世界ヘビー級以外のものを認定・管理することが許可されていた。
1980年代に入ると、WWFやジム・クロケット・プロモーションズの全米進出により、次々とメンバーテリトリーが閉鎖。1992年には中心的メンバーだったWCWと、NWAに再加盟した新日本プロレスがNWA世界王座を復活させるが、翌年両団体とも離脱し、小規模プロモーターのみの団体になる。
2002年5月、NWAは新興団体TNAと提携し、世界ヘビー級および世界タッグ選手権の管理を一任。ケーブルテレビを通じ、再びその名を広めることになるが、2007年5月に提携を終了。
2012年1月、TX州ブラウンズビルのNWA会員ブルース・サープは、加盟団体用保険制度に不正があるとし、NWA理事会に対して起訴。専務理事ボブ・トロビッチがこれに応じなかったため、同年8月、サープがNWA商標の権利を勝ち取る。以後NWAは、以前の様な加盟プロモーター達による会議制ではなく、加入希望者がNWAに商標使用料を払うライセンス制となる。
2017年5月、ロックバンド『スマッシング・パンプキンズ』の中心人物で元TNA社長のビリー・コーガンがサープからNWA商標を買収。
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